福山ばら祭 50年の歩みを振り返る

2016年に市制施行100周年を迎えた福山市。100万本のばらのまち福山を代表するイベントとなった福山ばら祭も、今年で開催50回目を迎えます。ここで50年の歩みを振り返ります。

ばらのまち福山の始まり
戦後復興の象徴「ばら」 福山の人々の心を癒やしました。

1945年8月8日の空襲によって市街地の約8割が焼失し、多くの尊い命が失われました。戦後の混迷を抜け出せない中、「戦災で荒廃した街に潤いを与え、人々の心に安らぎを取り戻そう」と市民と行政が協働し、南公園(現在のばら公園)にばらの苗千本を植えました。ここから「ばらのまち福山」の歴史が始まりました。ではなぜ「ばら」の花だったのでしょうか。

光南町の中村金二さん(1894年〜1954年)が1950年、自宅の庭園にばら30本を植えたことが、福山にばら愛好家が増えるきっかけとなったと言われています。

中村金二さんの孫にあたる中村孝洋さんにお話をうかがいました。2015年に東京に移住された孝洋さんは、1990年、91年と福山祭委員会企画実行委員長を歴任されました。



<中村バラ園> 広大な敷地に数々のばらが見事に咲き誇り、個人宅の庭園とは思えないほど素晴らしいものだったという。

[中村] 祖父、金二の趣味は「仕事と園芸」でした。戦前から和風庭園を造り、四季折々に鑑賞できる花卉類を植え、その景色を楽しんでいました。そして1945年8月8日の空襲…

広大な敷地(1194m2/361坪)の我が家は奇跡的に被災を免れました。そこで被災された方々のために我が家を休憩場所として開放し、水や食料を提供。また「市の復興の潤いになれば…」と被災を免れた空き地の一部に菊やダリアを植えました。金二は1949年、福山市から土地区画整理委員会委員長を委嘱され戦災復興に尽力し、墓地や公園の区画整理にも携わりました。金二の元には「花が咲き誇る福山を一日も早く…」という人々の声が届いていたそうです。そのさなか1949年横浜で開かれた日本貿易博覧会で、金ニは初めて西洋のバラを見て感動し、1950年、菊、ダリアが植えてある一角に30本を植えました。金二は1954年に急死しますが、その後金二の長女、澄子が10年掛かりで洋風バラ花壇を完成させ「中村バラ園」と呼ばれるようになりました。中村バラ園は、市民の皆さんはもちろん、福山に来られた国内外のお客様をもてなす迎賓館的役割を果たしていました。

残念ながら、今はそのバラ園を見ることはできませんが、金二さんが自宅の庭に植えた30本のばらが、ばらのまち福山の始まりに大きく関わっていたようです。

1956年には福山のばら愛好家47名により「福山ばら会」が結成されます。

写真で振り返る福山とばら

ばら祭の誕生
はじまりは愛好家による展示会。

「戦災で荒廃した街に潤いを与え、人々の心に安らぎを取り戻そう」と、ばら公園にばらの苗千本を植えました。住民が熱心に世話を続けたばらは、やがて真っ赤な花を咲かせました。

「ばらのまち福山」の基礎を築き、大きな役割を担ってきた福山ばら会会長の石井稔さんにお話を伺いました。



1968年、第一回バラ祭の様子。

[石井] 1956年3月、福山のばら愛好家47名により「福山ばら会」が結成されました。といっても、当時はまだ実際にばらを栽培している人は数名だったと聞いています。それでも5月には福山ばら会が主催して「第1回バラ展示会」を市内の金融機関で開催、1日平均700人の鑑賞者があったと言います。

この「第1回バラ展示会」が、現在まで続くばら祭の前身です。ばら祭は、市民が始めた祭なのです。1957年10月には、福山市主催の「第1回福山バラ展覧会」が南公園で開催され、ここから「ばらのまち福山」が歩みはじめることになります。

1968年には、福山市・日独協会共催で開催され、これを機に「バラ展」を「バラ祭」と改め、「第1回バラ祭」が開催されました。この当時のバラ祭では、天満屋催場でのばらの展示のほか、ばら公園での茶席、琴の演奏会などを行っていました。

1971年になり、祭の企画運営を担う「福山祭委員会」が設立され、市民と行政がともに関わる祭運営が始まりました。音楽祭や世界の料理が味わえる露店など、大人も子どもも楽しめるイベントも増えていきます。

福山祭委員会初代企画実行委員長の鍋島孝宏さんにお話を伺いました。

[鍋島] その頃は今よりも公園や街にばらが少なく、祭の時期に咲くのかと大変心配しました。当時のばら祭には、商店街の活性化など、街を盛り上げてほしいという大きな期待がありました。しかしあの頃のことを思うと、こんなにたくさんの人が集まる大きなイベントになるとは思わなかった。よく続いたと思います(笑)。

写真で振り返る福山とばら

拡大するばら祭
福山のローズマインドを被災地へ届けたい。

福山祭委員会が主催するばら祭は、アマチュアバンドの演奏会やチビッ子みこし、ミス・ばらの発表会、とんどパレードなど、次第ににぎやかさを増していきます。1970年代20万人だった人出は、1980年代に40万人を突破。さらに1992年、緑町公園をメイン会場とすると、その規模は一気に大きくなります。

1992年の企画実行委員長、菅田博文さんに当時の様子を伺いました。



(上)緑町ステージ
(下)ロサファンタジーばらのラインアート

[菅田] 当時、ばら祭の「核」となるものが必要だと考えていました。核となる場所、核となるストーリー。メイン会場をそれまでのばら公園から緑町公園に移すことで、駅や商店街から続く人の流れも広域になり、パレードも広がりました。特設ステージでのローズコンサートや駅前モニュメントの設置、ばらコンテストの表彰式など、「100万本のばらのまち」へつながる祭のストーリーもアピールしていきました。

新たなスタートを切ったばら祭は、年々その規模を広げていきます。そんな中、1995年1月17日阪神淡路大震災が発生。その年のばら祭では、支援コンサート「ロサファンタジー福山'95」が開催されました。当時の企画実行委員長、島田斉さんにお話を伺いました。

[島田] ロサファンタジーは、福山の復興のなかで根付いたローズマインドのもと、都市復興の緑化活動を支援するイベントです。趣旨に賛同したアーティストたちがボランティアでライブに参加、著名人からのVTRメッセージもたくさん届きました。チャリティー募金には、多くの善意が寄せられました。フィナーレでは、福山市周辺の大学生ボランティア370名と会場の皆さんによるケミカルライトを使った巨大な光の地上絵、ラインアートを作成。夜の緑町公園の敷地いっぱいに、ばらの花と「ひょうごガンバレ」の文字が浮かび上がった。小雨の中の一発勝負、これは見事でした。また、神戸の街に福山のばらが咲くことを願って、ケミカルライトの売上でばら100鉢を購入。神戸の仮設住宅へ届けました。

「思いやり 優しさ 助け合いの心」を表すローズマインドを改めて強く感じる祭となり、その思いは今後の祭の「核」となっていきます。

写真で振り返る福山とばら

これからのばら祭
先人への感謝とともに、未来への一歩を。

1968年に開始された福山ばら祭は、2017年、記念すべき第50回目を迎えます。
今年のばら祭に込められた思いと、今後のばら祭について、今年の企画実行委員長、佐藤大悟さんにお話を伺いました。

[佐藤] 本年は、ばら祭が始まって50回目の節目を迎え、『ONE STEP TO THE FUTURE -感謝とともに、未来への1歩を-』をテーマに開催いたします。福山というまちが戦後復興の歩みの中で、約千本のばらを植えたことから現在のばら公園はできました。その後も人々のばらへの想いが高まり続け、福山ばら祭が開催されるようになり、今では「ばらのまち福山」として、人々に福山のこころ「ローズマインド(思いやり 優しさ 助け合いの心)」が根付き、ローズマインド溢れるばら祭が開催されています。そのような歴史的な経緯と先人の方々の想いがあるからこそ今があるということに皆で感謝し、未来のばら祭や福山のまちをより良いものにしていくために自分たちは何が残せるのかを考え、新たな1歩を踏み出していきましょう、という想いをテーマに込めています。

ばら祭2017は、恒例のイベントの他に様々な特別企画が用意されています。



(上)毎年好評のローズパレード
(下)小学4年生を対象に行う1/2成人式(写真は昨年のもの)

[佐藤] 50周年記念の特別企画としては、太鼓ユニット「我龍」にオープニングステージを華々しく飾っていただき、ばらのまち福山PR大使であるニコライ・バーグマンさんが手掛けるフラワーアートスペースの展示、バラの貴公子と愛称される大野耕生氏を招聘して行う特別講演会なども開催されます。

ばら祭はこれからも未来へ向かって繋がっていきます。

[佐藤] 今後もばらのまち福山を代表するイベントとして、より多くの方々にばら祭・福山というまちを盛り上げていくために参画、参加していただけるように努めてまいります。そして、市外の方々には美しい100万本のばらが咲き誇る「ばらのまち福山」を知っていただくとともに、福山の人々のローズマインドの精神を感じてもらうことで、福山の素晴らしさを伝えていく祭として、第100回を超え、その先もずっと皆が続けていきたいと思えるような祭にしていけるように企画実行委員会の皆様とともに作り上げてまいりたいと思います。
ぜひ皆様のばら祭へのご支援、ご参加をよろしくお願いいたします。

写真で振り返る福山とばら

得ダネ!びんご耳より情報コーナーアーカイブ

レディオBINGO「GO!GO!Bびんご~」得ダネ!びんご耳より情報コーナーにて放送された「福山ばら祭 50年の歩みを振り返る」がお聴きいただけます。

  1. 2017年4月20日放送分
  2. 2017年4月27日放送分
  3. 2017年5月11日放送分
  4. 2017年5月17日放送分
1945

8月8日 福山大空襲。
B29爆撃機が91機飛来し、市街地の8割以上が焼失。

1956

3月「荒れた街にうるおいを」と御門町南公園(現ばら公園)に市民が“希望のばら苗”1,000本を植える。
これが「ばらのまちづくり運動」の始まりとなる。

5月 ばら祭の前身となる「春のバラ展」が始まる。

1965

御門町南公園が現在のばら公園の形に整備される。

1968

1月 花園町町内会のバラの街づくり運動が「美しい町づくりコンクール/全国美しい町づくり賞・最優秀賞」を受賞。

5月 受賞記念に「ここに善意の花ひらく」と刻まれた記念碑が建てられる。

5月 第3回広島日独協会バラ展が福山で開催される。これを機に「第1回バラ祭」開催。

1971

福山祭委員会設立。
この年から「福山バラ祭」は福山祭委員会が主催となる。

1972

中央公園に恒久平和を願い、市制55周年を記念して「母子三人像」を設置。

1976

御門町南公園が正式に「バラ公園」と改称される。

1979

韓国浦項市(ポハン)と友好縁組。同市の花もバラ。

1985

バラが福山市の花に制定され、ひらがなの「ばら」を使用する事に決定。
バラ公園は「ばら公園」と改称。

1986

市制70周年記念として、新種のばらに「ローズふくやま」と命名。

ローズふくやま

1987

新種のばらに「ビューティフルふくやま」と命名。

ビューティフルふくやま

1990

福山青年会議所30周年記念として、新種のばらに「プリンセスふくやま」と命名。

プリンセスふくやま

1992

緑町公園が「ばら祭」の会場となる。
福山市が提案し、7市参加の「第1回ばらサミット」開催。

1993

福山市が「ばらシンボルマーク」を制定。

ばらシンボルマーク

2000

ばら祭のオープニングセレモニーを緑町公園で行う。
緑町公園ばら花壇のオーナー募集。
*5,000本の内、2,000本を2,000円/5年のオーナー制
「第9回ばらサミット」を福山で開催。
(20市町加盟・13市町参加)

2001

「緑町公園ばら花壇」完成(5,000本)。
緑町公園ばら花壇のオーナーによる「ばらオーナー会」発足。
新種のばらに「スマイルふくやま」と命名。
(市政85周年記念)

スマイルふくやま

2002

緑町公園ばら花壇の愛称が「ローズヒル」となる。

日本には桜をみる「花見」があるように、福山独自のばらを見る文化「ばら見」をばら祭にて発信。

2003

第36回ばら祭にて、折り紙のばらで平和を訴える「Rose for Peace」が誕生。
県立福山工業高校の生徒がボランティアで、折り方のホームページ「折りばらウェブサイト」を制作。

2004

折りばらを福山の文化にと「Rose for Peace 折りばらの会」が発足。
新種のばらに「ラブリーふくやま」
「チャーミーふくやま」と命名。
市内に植えられたばらが約50万本となる。

ラブリーふくやまチャーミーふくやま

2006

ばら公園が世界バラ会連合「優秀ガーデン賞」を受賞。
新種のばら「アニバーサリーふくやま」誕生。
(福山ばら会50周年記念)

アニバーサリーふくやま

2008

「折りばらウェブサイト」が100万件のアクセスを達成。
福山市が「ばらのまち福山」のホームページを開設。

2009

市内のばらの本数が約55万本に。
100万本のばら市民会議の開催。
「ばらのアクションプラン」の策定。

2010

福山ばら大学の開設。

2011

福山ばら祭2011にて、ばらオーナー会が福山市に新種のばら「福山城」を寄贈。

「第20回ばらサミット」開催予定。

福山城

2013

ハリウッド映画「ウルヴァリン:SAMURAI」の福山での撮影と、主役「ウルヴァリン」に本市初の観光大使を委嘱したことを記念して、「ウルヴァリンFUKUYAMA」が誕生。

写真:ウルヴァリンFUKUYAMA

2016

市制施行100周年記念ばら"ローズマインドふくやま"誕生!!

写真:ローズマインドふくやま

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